アナロジーの市川(@analogy_ichitk)です。
結婚式場の持込規制がもしもなくなったら何が起こるのかを考えてみます。
目次
ここ数年で起こったブライダル業界に関連するM&Aのニュース
2020年に入ってからブライダル企業を他業界企業やファンドが買収するニュースが続いています。すべてのニュースの背景は知っているわけではないですが、売上規模が100億円を超えるような企業でもおこっているので、業界内外問わず気になっている人も多いのではないかと思います。
こういったニュースが出てくると
- 株式譲渡されて完全子会社化されるとどうなるんだろ…?
- 自分の会社は大丈夫かな…?
- もし会社が売られたら自分は解雇されるのかな…?
など、いろいろと考えてしまう人もいるでしょう。また、直接自分の会社が変わらなかったとしても、これだけ大きな規模&知名度のある企業の事業譲渡や買収が今後もあり得るとなった場合に、業界勢力図が大きく変わり相対的に影響を受ける可能性も考えられます。
M&Aや業務提携のパターン
ブライダル業界でのケースはいくつかのパターンに整理できます。
①企業譲渡(買収)
企業の株式を全部(または一部)譲渡すること。細かなルールとかの説明は省きますが、上場/非上場かを問わず起こりえます。ワタベウェディングを興和が買収したのはこのケース(だと思う)。
会社の経営権が買収先の企業に移るので、経営の意思決定が刷新される可能性があります。これまでの経営体制を維持したまま事業を継続するケースもあれば、新たに経営陣を送り込んでドラスティックに改革を実行していくケースもあります。買収先企業の判断次第ですね。
業績悪化に伴って売主側が買い手を探すパターン、ブライダル企業への進出を異業種が買えそうな会社を探すパターン、後継者不足で会社や社員を守るために買い手を探すパターンなど背景は様々だと思います。
これまでのブライダル業界だと、同業界内で大手企業が地方企業をM&Aして傘下に収めるというケースはたまに見ましたが、大手の会社どうしの買収や提携の話も聞くようになりました。
②事業・店舗譲渡
複数店舗または複数事業を運営している企業が特定店舗や事業を他社に譲渡するパターン。例えば結婚式場を5店舗運営している企業がそのうち1店舗を他社に譲渡するなど。エスクリのラヴィマーナ運営開始はこのケース(だと思う)。
土地や建物を保有しているのか賃貸借契約で運営しているのかなどによって細かい違いはあるものの、対象店舗や事業に所属する人まで含めて移籍することが多いですね。
業績の良くない不採算店だが買収先企業に組み込まれることで業績回復が見込めるケース、多角的事業運営をしている企業が事業を一本化したいのでブライダル部門を手放したい、などの背景が多い気がします。
③運営委託
店舗や在籍していた人はもともとの企業が保有したままで、中のブライダル部門の運営権を他社に委託するパターン。会社Aが○○迎賓館を保有しているが、その会場の中で実際に働いているのは会社Bの人、といったケース。
人材不足で運営が困難になった場合や、自社のノウハウでは業績回復が見込めない場合、または今はブライダル部門を持っていないけど土日でウェディングもやりたい、だがしかし自社で体制を整えるほどでもないというレストランやホテルなどがこのパターンでブライダル企業に委託するケースが多い気がします。
結婚式の売上を運営受託した会社Bがもらい、そのうちの●%を式場保有会社Aに支払う、という座組みが多いんじゃないかなぁとは思うけど、ドレス企業などが間に入る場合はその売上が入るからOKとかも多いので一概には何とも言えない。ケースバイケース。
④部分的運営委託
店舗や在籍していた人はもともとの企業が保有したままで、ブライダル部門の一部の機能を他社に委託するパターン。会社Aが○○迎賓館を保有していて施行担当のプランナーはいるが、集客と新規営業だけ会社Bに委託する、といった具合。
どうしても集客~営業が強化できないのでノウハウを持つブライダル企業にお願いしたい、サービスやシェフはすでにいるので結婚式当日のオペレーションは大丈夫だが集客~営業~打合せ機能を自社で持つつもりがないレストランやホテル、という背景が多いのかなぁ。なので、中でこれまで働いていた人たちはこれまで通り自分たちの業務をやりつつ、自社で抱えていない機能を外部の人に委託するという形態になります。
特にブライダルが専業ではないホテルやレストランなどの施設がノウハウを独自で構築するまででもないけど土日の稼働率は上げたいんだよねのニーズからこのスキームを検討することが多そうで、たぶんこれから一番増えるパターンじゃないかなとは思います。今も水面下では動いている企業はけっこういそうですし。
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ざっと整理するとこの通りで、①→④に行くにしたがって部分的になっていきます。
実際はこの4つのどれかに当てはまるというよりは、各事例の契約内容は本当に様々ですし詳細は表に出てこないので、あくまで一般的にまとめてみました、くらいに読んでいただけるとありがたいです。
他業界の企業がブライダル企業を買う狙い
①経営の多角化
他産業を運営している企業が新領域の事業としてブライダルもやりたいという目的。ブライダルは平時であれば景気変動にはかなり強いので、バランスを取れる事業ポートフォリオ構築する中での1つとして考える企業もあるかなと考えられます。
あと、ブライダルビジネス(特に結婚式場運営)の新規参入ハードルって思っているより高いんですよね。なので社内新規事業として立ち上げるよりも買収しちゃった方がメリットあるよね、というのもあります。具体的には以下の通り。
・初期投資が大きい
会場建設費がまずかかる、次に広告宣伝費もかかる、さらに結婚式を挙げて実際に売上が入るまで半年かかる、なので初期投資が大きくなる。それならすでにハードもある、リソースもある、受注済み顧客もいる、という企業を買った方が早いし確度も高い。
・ノウハウが専門的
ゼクシィにどのように広告を出したら集客できる?当日までのオペレーションてどのように組んだ方がいい?を手探りで進めるよりも知ってる人を雇った方が早いよね、など。
自社の新規事業としてゼロから立ち上げるよりもすでに出来上がった仕組みを買う方が精度も高く時間も短縮することができるのが買収のメリットです。
例えば冒頭のワタベウェディングと興和であれば、ハワイのチャペル運営権取得とかって超絶参入障壁高く長きにわたって交渉しなければいけないんですが、ワタベウェディングごと買収してしまえばいきなりそれを手に入れることができる、といった具合です。
②既存事業とのシナジーが目的
すでにブライダルと親和性の高い事業を運営していて、ブライダル領域の既存事業とのシナジー(お互いの事業にとってのメリット)を狙って買収を検討するケース。
結婚相談所を運営するタメニー(旧パートナーエージェント)がスマ婚を運営するメイションを買収したのはこの狙いじゃないかなと思います。具体的には顧客データを統合管理することでCRM施策を展開し顧客のLTV向上を目指すのかな、と。
③普通に安い
狙いというわけではないですが、ブライダル企業は安いんで買いやすいというのもあります。正確に書くと取得にかかる金額が売上規模や保有資産規模に対して高くないという表現になるんですが、これは
- 多くの企業が式場建設時にかなりの額の借金をしているので買収するとそれも付いてきてしまう
- 事業運営にかかるランニングコスト(=固定費)が高い
このあたりが理由だと思います。
それ以外にも現体制の経営能力が低いとみて経営陣を刷新できれば業績回復できると見込んで狙うケース(大塚家具の再黒字化みたいな)も可能性としてはあると言えばあると思います。
異業種がブライダル企業を買収するときの懸念点
先ほど書いたような理由で買収を狙う企業がありそうな一方、ブライダル業界特有の懸念点もあります。つまり買収前に躊躇するポイントです。
①事業規模のレバレッジがききにくい
結婚式場運営は規模の大きさが競争優位性につながりにくいと言えます。単店運営企業の式場と全国50店舗運営している中の1つの式場があったとしても、商圏が狭いので結局個店どうしの戦いになりやすい。
特に集客面では媒体内でどれだけ勝てるかの影響が極めて大きいので、よほどブランドが確立していなければ結局店舗ごとの最適化を50回やらなければいけないことになりがちです。今のブライダルでブランド力が強いなと思うのはPlan・Do・Seeくらいじゃないですかね。
規模の経済によるメリットがあるとすれば
- 食材仕入れなどはロットが大きくなるので仕入れ単価が下がり利益率が改善しやすい
- 対媒体の出稿金額の総額が大きくなるので価格交渉しやすい
- もし内製化しているなら同エリア多店舗展開の方が内製部門のコスト効率はいい
これくらいかな、と。もちろんこのメリットも大きいんですが、複数店舗出店して全勝しなければいけないハードルの方が個人的には高いなぁと思っています。
②市場規模は縮小傾向がほぼ間違いなく続く
ブライダル市場自体は今後伸びません(インバウンド除く)。なので仮に式場または運営企業を買収したとして業績を回復させるのであれば
- エリアシェアを他会場から奪う
- コスト削減して利益率を高める
この方法しかありません。シェアも変わらず利益率も改善しなければマーケット縮小スピードに沿ってほぼ確実に業績は落ちていきます。
なので、買うのであれば改善する自信があるか、買って回復できなくても経営的に大きな傷にはならないくらいの規模があって何かしらに賭けるかのいずれかでないと買う意味がないとも言えます。経営的な目線では。
これから業界再編は起こるのか?
ここまで書いてきたような
- ブライダル企業を買収や事業提携する場合のスキーム
- 異業界の企業がブライダル企業を買収する場合の狙い
- 懸念となるポイント
これらを踏まえたうえで、これから業界再編は起こっていくのだろうか?を考えていきます。
①ブライダル企業同士で事業統合や買収
これはあんまり起こらなそう。その理由は3つあって、
- 買う側のブライダル企業でそれだけのキャッシュを持っている企業がほとんどない
- 買収したとして売上規模だけが大きくなることのメリットが少ない
- どちらかと言うと会場費や人件費を含めた固定費が増えるリスクの方が大きいと考える経営者の方
が多そうだから。企業レベルで買収とかは起こらないんじゃないかなぁと思います。単店舗か2~3店舗の譲渡や売却、またはフォトウェディング事業者の買収、くらいならありそうですけども。
②ブライダル企業への運営委託
これは今後増えていきそう。特にホテルやレストランなど専門式場以外の式場は、ハードは他部門(宿泊や宴会、レストラン)もあるので自社で持ちつつ、ブライダル部門の運営(具体的には集客~営業~打合せ、またはその一部)を外部の専門部隊に委託することを考えるところが増えると予想します。
理由は固定費削減(主に人件費)、ブライダル事業運営のノウハウの構築とキャッチアップがしんどい、リターンも小さいがリスクも小さくの方針への転換、このあたり。
もしこういった事例が増えてくると、こういったハードの運営ノウハウを持つプロデュース企業(またはチーム)が活躍する場が増えてきそうです。集客できてプランナーがいてどんなハードでも業務を正確にこなせる人が活きる感じですね。
③他産業大企業がブライダル企業を買収
これは一番わからないんだよなぁ…。売りたい企業はありそうだけど買う企業がいるかどうかが分からないんですよね。
今の企業価値だとけっこう大手をまとめて買収してもそんなに高くないので(借入金全部引き受けるの?とかは置いといて)例えば、業界トップ10のうち3~4社買うといきなり1,000億円規模のブライダル企業ができたりする可能性もあるわけです。そうなると一気に勢力図が変わるかもですよね。
ただ、1位になったからと言ってだから何?という側面が強いので、いきなりそこを狙おうとする企業は何得なの、というところが思いつかない。だから起こるとして0.1%くらいの確率じゃないかなとは思います。
④それ以外の動き
メディアは動かないんじゃないかなぁ。
ゼクシィはこれまで通り、ウエパは独自メディア路線+式場DX、みんウェは媒体→プロデュース→ドレスの垂直統合、ハナユメはエリア展開、とそれぞれ違った路線で進んでいるようには見えますが、ビジネスモデル的にも式場運営に手を出すことはなさそう。
あと、従事者は起業・独立する人が増えそう。
ただ、フリープランナー(などの様々な職種の個人)の増加スピードとカップル側の需要の増加スピードには大きな乖離がありそうで、個人で生計を立てられる人は限られると思うので、経験がある人は上記のようなプロデュースチームからの依頼などは増えるんじゃないかなと思います。
ブライダル従事者にとってこれから必要になる心構え
ここまで書いてきましたが、正直今後何が起こるかはわからないんですよね。起こりうることは予想できたとしても。
特にこう言った話って超機密情報なので社内の人間でもリリースまでに知っている人はほんの一握りでしょうし、現場社員は知らない人がほとんどではないかと思います。
なので、今どこかの企業に所属されている方であれば自分の会社の運営権が移動したり、経営者が変わったりする可能性はゼロではないのです。経営者や個人事業主の方であっても取引先が変われば少なからず影響を受けるでしょう。
もちろん、経営者が変わること=ネガティブというわけではないので、変わったことでよくなることもあると思います。ただ、運営母体だけが変わってあとは何も変わりませんでした、ということは考えにくいので、いつどのような変化が起こってもいいように日頃から準備しておくことが最も大切になると思います。
気の持ち方の面でもそうですし、環境が変わっても通用するスキルを身に着けること、勉強することもそうですし。
どのタイミングで何が起こるかわからない、だからいつそうなってもいいように日頃から準備しておきましょう。
他業界から見たブライダル業界と業界再編についてまとめ
起こり得るパターンを自分でも考えながら今回書いたんですが、あらためて結婚式場の運営ノウハウって結構貴重なんだなと思いました。特に最近は領域が細分化&専門化してきているので、外部から容易に手を出してうまくいくイメージがあんまりわかなかったです。
ただ、そのノウハウだけで生きていけていないのも現実なので、今後起こる(かもしれない)事業提携などがきっかけになって新しい風が吹くといいなと思いますし、何が起こるかはわからなくても、起こるかもしれないことを考えることはできるので、それをせずにただ悩むのではなくできることから日々訓練、勉強しているとよいのかなと思います。